大判例

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最高裁判所第三小法廷 平成9年(行ツ)129号 判決

東京都大田区久が原三丁目三二番四号

上告人

フジコン株式会社

右代表者代表取締役

大島要二

右訴訟代理人弁理士

鈴木正次

東京都千代田区霞が関三丁目四番三号

被上告人

特許庁長官 荒井寿光

右当事者間の東京高等裁判所平成八年(行ケ)第五号審決取消請求事件について、同裁判所が平成九年二月二七日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鈴木正次の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 尾崎行信 裁判官 園部逸夫 裁判官 千種秀夫 裁判官 山口繁)

(平成九年(行ツ)第一二九号 上告人 フジコン株式会社)

上告代理人鈴木正次の上告理由

第一 上告の原因

1、手続の経緯

上告人は、昭和六三年六月一七日、名称を「電線接続具」とする考案(以下本願考案という)について実用新案登録出願(昭和六三年実用新案登録願第八〇二三九号)をしたが、平成三年八月十三日に拒絶査定がなされたので、同年一〇月九日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成三年審判第一九六五四号事件として審理された結果、平成七年十一月十七日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決がされた。そこで平成八年一月一七日審決取消を請求し、平成八年、(行ケ)第五号事件として審理された結果、平成九年二月二七日「原告の請求を棄去する訴訟費用は原告の負担とする。」との判決がされ、その正本は平成9年2月二七日原告(上告人)に送達された。

2、判決理由の要点

(1) 一致点の認定について

〈1〉 原告(上告人以下同じ)が、引用例(甲第3号証)が、「本願考案のバネ片7に対し引用例は板バネ3、鎖錠片2及び端子金具4の屈曲部の3個の部品からなるので同一視できないと主張したのに対し、次のように判決した。

〈2〉 成立に争いのない甲第3号証によれば、引用例には「4は端子金具で、鎖錠金具1との間で電線Tの芯線部Taが通るガイド孔6とを設けている。」(2欄18行ないし20行)と記載されていることが認められる(別紙図面B参照)。これによれば、引用例記載の端子金具4は、本願考案の導電金具に相当するものであることが明らかであるから、本願考案のバネ片に相当する引用例記載のものが端子金具4を含む3個の部品から成っているという原告の上記主張は当たらない。

〈3〉 前掲甲第3号証によれば、引用例には、「1は鎖錠金具で、電線Tを押える鎖錠片2と、これを弾圧する板バネ3とで成しているが、勿論、全体をバネ板にて作ってもよい。」(2欄15行ないし18行)と記載されていることが認められる。そして、いずれも成立に争いのない甲第4、第5号証によれば、昭和55年実用新案出願公開第39638号公報及び昭和55年実用新案出願公開第161367号公報には、電線接続器において1枚の板体の両側を上方に屈曲した形状の鎖錠バネが記載されていることがみとめられるので、このような形状の鎖錠バネは、電線接続具の技術分野において本出願前に周知であったと考えることができる。

そうすると、引用例には、鎖錠片2と板バネ3とから成る鎖錠金具1全体を1枚のバネ板で作り、かつ、その両側を上方に屈曲する形状にすることが実質的に記載されているといえるから、本願考案と引用例記載のものは「板体の両側を上方に屈曲した形状のバネ片を装着し」ている点において一致するとした審決の認定を誤りということはできない。

(2) 相違点の判断について

〈1〉 原告は、相違点〈1〉について、上部側板に電線接続部を有しこれと平行な下部側板に脚片を垂下させた構成は新規なものであって、近似する従来例すら見当たらないと主張する。

しかしながら、前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には、本願考案において前記構成の脚片を設けたことの技術的意義については何ら記載されていないのみならず、導電金具の脚片は他の機器への接続端子であることは技術的に自明であるから、電気的に接続すべき方向に接続端子を配設することは当然の設計事項にすぎず、本願考案の脚片の構成には何らの創作性も見出だすことができない。

〈2〉 原告は、相違点〈2〉について、本願考案が要旨とする補助平板は下向に斜設されることによってバネ片の先端と関連付けられて退避空間を形成するものであり、それによって電線がより大きな引張力に耐える作用効果が奏されるのであるから、これを単なる形状の変更というのは誤りであると主張する。

そこで検討するに、本願明細書に「退避空間とは、斜設バネ片の先端縁が当接している電線に、斜設バネ片の先端縁より剪断応力が加わった場合に、該応力の方向に逃げるように変形するのを可能とする空間を言う」(5頁6行ないし9行)、「本願考案によれば、斜設バネ片の先端縁と対向する部分の平板に電線の退避空間を設けて、電線に剪断応力が加わった場合に、退避空間側へ逃げるようにしたので、電線接続具内での電線の切断や電線の脱抜を防止できる」(10頁2行ないし7行)と記載されていることは前記のとおりである。これらの記載によれば、電線がより大きな引張力に耐え、切断を防止しうるという本願考案の作用効果は、バネ片の一方の斜片の先端縁と対向する上側平板の端縁に電線の退避空間をもうけたことによって奏されるものであることが明らかである。

そこで、別紙図面Bを検討すると、金具1との間で電線Tの芯線部Taを挟持する面5のうち、鎖錠片2の先端縁と対向する端縁部分が上方に屈曲さ九ていることが認められるので、引用例記載の端子装置においても、電線の退避空間が形成されているということができる。したがって引用例記載の端子装置も、電線がより大きな引張力に耐え、切断を防止しうるという作用効果を奏するものと考えられる。

一方、前掲甲第2号証の2によれば、本願明細書には、補助平板については、実施例の説明として「平板6aは、(中略)斜片7cの先端縁と対向する部分には、溝9を介して屈曲させてあり、下面側に退避空間10が形成してあり退避空間10に補助平板6dが、斜片7cを下にして斜に設けてある。」(7頁16行ないし8頁2行)と記載されているのみであることが認められる。ここにいう「屈曲させてある」ものが何であるのかは判然としないが、「上側平板の端縁に、電線の退避空間が設けてあると共に、該退避空間を介して補助平板を下向に斜設し」という本願考案の要旨からすれが、補助平板は、退避空間の所期の作用を妨げないような形状で配設されれば足りるものと解するのが相当である。このことは、本願明細書において、退避空間が、前記のとおり「平板を屈曲、又は湾曲させて凹入させることにより形成した凹入空間や、平板に形成した溝による溝空間、更には平板へ所定の間隔で突出部を設け、該突出部の空間により構成される」(5頁10行ないし13行)ものとして説明されており、補助平板が関連する構成として説明されているのではないことからも明らかというべきである。

したがって、「本願考案において、補助平板を下向に斜設した点に格別の技術的意義があるものとは認めらず、前記相違点〈2〉は、当業者が設計上適宜なし得る単なる形状の変更にすぎない。」とした審決の判断に、何ら誤りはない。

〈3〉 原告は、相違点〈3〉について、本願考案の電線差込口はその内側の退避空間との結合構造に特徴を有するものであるから、電線差込口のみを取り上げてその構造に進歩性がないというのは誤りであると主張する。

しかしながら、電線接続具において電線差込口を電線挟着部に向けて電線を案内するテーパー状に形成したものが従来周知であるとした審決の認定は、原告も認めて争らわないところである。そして、相違点〈3〉に係る本願考案の構成に周知技術を越えるものがある点について、原告は何ら主張立証しない(本願明細書に記載された前記1(3)の作用効果は、テーパー孔が持つ、線状のものを入れ易くするという通常の作用効果を述べたにすぎない。)のであるから、原告の上記主張は失当といわざるをえない。

第二 上告の理由

1、原判決は、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の解釈の違背がある。

(1) 実用新案法第三条第二項の規定中「きわめて容易に考案できた」とする文言の意義は必ずしも明らかでないけれども、対称となる者が「当業者」であり、判断時期が「考案の出願前」であることに疑問の余地はない。

(2) 一例を上げれば、当該考案の構成要件が、公知技術の単なる寄せ集め乃至公知技術に当業者の周知技術を付加した考案であって、その効果が同一の場合には、右のように「きわめて容易に考案できた」に該当するものと認められる。

(3) そこで本願考案と、引用例(甲第3号証)とを比較するに、電線挟着部の受圧側の構造を異にし、かつ加圧側の構造も異なるから、単なる公知技術の寄せ集めでないことは明らかである。

次に甲第3号証は本願考案の出願前から公知であったので時期的に問題点はない。

また加圧側の構造について、本願考案は屈曲したバネ片(単一)に対し、引用例は錠鎖片、板バネ及び端子金具の屈曲部の三部品により、本願考案のバネ片に対応させている。尤も錠鎖片については、バネ板としてもよいという記載があるが、この記載は錠鎖片の材質に関する記載であって、全体を一体化し必要な形状に屈曲成形するまでの示唆はない。右示唆があると判断するのは、「きわめて容易に考案できた」とする規制を突破したものである。即ち原判決には「きわめて容易に考案できた」とする点において法令の解釈に違背があるものと認められる。

2、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな判例の違背がある。

(1) 従来複数の構成要件を結合させた考案において、右構成要件の個々は当該考案の出願前に公知であっても、右結合自体が新規であり、かつ相当の作用効果を奏するときは、右考案は公知例を湊合することによって、当業者がきわめて容易に考案できたということはできないとされている。

(2) 然るに判決は、本願考案の主要構造(バネ片に対応する引用例の錠鎖片等)が相違するにも拘らず、これが公知例から容易に考案し得ると判断し、記載のない部分は周知形状とし全体として本願考案は、公知例から「きわめて容易に考案できた」と認定したものである。

(3) 右における本願考案の「バネ片」は一部品であるが、引用例のこれに対応する部品は錠鎖片2、板バネ3、及び端子金具4の屈曲部4a(原告加入)」の三部品よりなっている(別紙図面B)。引用例(甲第3号証)には、「全体をバネ板で作ってもよい」と記載されているが、右は、錠鎖片2もバネ板で作ってもよいの意味である。即ち材質を示唆したにすぎず、材質を変えたからといって、錠鎖片2と板バネ3を一体化し、必要な形状に屈曲成形する迄を示唆していないことは勿論、これを当業者がきわめて容易に成形し得るということもできない。

(4) 前記(1)のように、構成要件の個々が全部公知の場合においてすら、きわめて容易に考案できたとすることができない場合があるのに拘らず、原判決は、右構成要件中重大な構造の相違を看過し、引用例にない構造についても記載があると誤認し、これを右公知例と同等に扱い、全体として、本願考案と公知例から「きわめて容易に考案できた」と判断したもので判例に違背することは明らかである。

3、原判決には、判決に影響を及ぼすこと明らかな事実誤認がある。

(1) 原判決は、「錠鎖片2と板バネ3とから成る錠鎖金具1全体を1枚のバネ板で作り、かつその両側を上方に屈曲する形状にすることが、実質的に記載されているといえるから、本願考案と引用例記載のものは、「板体の両側を上方に屈曲した形状のバネ片を装着し」ている点において一致するとした審決の認定に誤りということはできない」(原判決18頁11行乃至16行)と判示しているが、右は明確な根拠のない断定である。

(2) 即ち右判断をした根拠は、甲第3号証中「1は錠鎖金具で電線Tを押える錠鎖片2と、これを弾圧する板バネ3とで成しているが、勿論全体をバネ板にて作ってもよい」(甲第3号証2欄11行乃18行)の記載を根拠としている。右記載は、文脈上、「全体」とは錠鎖片2と板バネ3とを指称する。従って錠鎖片2もバネ板で作っても良いの意味であり、それ以上の意義はなく、それ以下の表示でもない。

右のように、甲第3号証は錠鎖片の材質について示唆したに止まり、「全体を一体的に板バネに形成するとか」況や「板体の両側を上方に屈曲した形状のバネ片」というような形状は当業者と雖容易に思いつかない。

即ち錠鎖片2をバネ板で作れば、何故前記「 」内の構造となるのか明らかでない。尤も電線の受圧構造の異なる退避空間のない他の公知例から類推したとすれば、最早きわめて容易に考案できたとする範疇を逸脱したこととなる。元来明細書記載の実施例は、考案者が最良と認めた技術を記載しているのであるから、前記原判決にいうような形状構造は思いつかず、単に材質について付記したに過ぎないとみるのが妥当である。

(3) 原判決は、補助平板を斜設した点について、「屈曲してある」ものが何であるか判然としないがとしているが(原判決21頁14行、15行)、右屈曲は文脈上補助平板を指すことはいうまでもない。

即ち文脈上「平板6aは(中略)」が主語であるから、溝9を介して屈曲しているのは平板6aであることは明らかである。このように平板6aが下方へ屈曲すると、その端面下隅部6eが電線12の上壁に当接するので、滑り難しくなる。更には電線が急激に屈曲する(別紙図面A、第五図)ので、電線の脱抜抵抗が増大する。右のように、甲第3号証には期待できない効果があるが、原判決は斯る特質を看過したものと認められる。

従って原判決が、「補助平板を下向に斜設した点に格別の技術的意義があるものと認めず」としたのは、重大な効果を看過したものといなければならない。

4、結論

前記のように、原判決は、いずれの点よりするも違法であるから、破棄されるべきものである。

以上

別紙図面A

第1図はこの考案の実施例の正面図(導電金具のみ断面として示した)、第2図は同じく実施例の導電金具とバネ片の分解斜視図、第3図は同じく実施例の平面図、第4図は同じく実施例の側面図、第5図は同じく実施例の電線の退避を説明する拡大断面図である。第6図は従来の電線接続図の断面図である。

1…ハウジング 2…凹所 3…電線挿入口 3a…内側開口 3b…外側開口 3c…テーパー壁 6…導電金具 6a、6b…平板 7…バネ片 7c…斜片 8…脚 9、15…溝 10…凹入空間 12…電線

〈省略〉

別紙図面B

図面は本考案ネジ無し端子装置の一実施例を示し、第1図は断面図、第2図は斜視図である。

T…電線 1…鎖錠金具 2…鎖錠片 3…板バネ 4…端子金具 5…面 6…ガイド孔 7…器体 5…差込口

〈省略〉

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